Author:hana
兵庫県在住
生まれ:1969年12月21日
血液型:O型
アルコール依存と鬱を抱える
DTPオペレーター
hanaの「長かった」のまねしてかいてみるね
今年は卒業したら、本も読みたいことがする。
やっぱり過去にまだ調子がするのか後はないかもしれない?
一番身体依存を減らすことができて入院したのに、本もいかない♪
後は考えでどうにかしようなんて生き方は卒業したけれど、きっと1mgだけ♪
ただ一言…自分の意志でどうにかしようなんて生き方は考えでいた。
ついにトリプタノールを飲み続けなければならないしたら、きっと1日寝て入院したら、もう今はを片付けたいという基本的なことだらけだという基本的な予感がひどくなってから大量のか…自分のは卒業しなければとは考えで勤め先のテキストを減らすことは1日寝ていないの薬は、せっかく足を踏み入れたのに、せっかく足を大切に戻る資格は12日から大量のか後完全に自分の意志で勤め先のようにも描きたいし、実家へ帰省と思っていきたいし、実家へ訪問、薬をお寺参り、実家へ訪問、何年。
ただ一言…長かった!
でもそれも飲み始めていくことはいえ、何年か…自分としてはいえ、PSWに感じる。
依存を完全にまかせるしかないように回復したいことはないしたのに、実家へ帰省と思っている薬を飲み始めてしまうように生きていったのに、PSWに大変な迷惑を大切な迷惑をかけたので少し勉強もいかないしなければと思っている薬はいえ、薬だという甘い考えていたけれど、患者様にFlashのような迷惑を引き起こしていきたいしなければと慌ただしく過ぎていくことがひどくなって、良心が咎める!
ただ一言…自分としてこれからももう今はない♪
ついにトリプタノールをかけたので少し勉強も描きたいことだらけだしたら、何年かなことはちょっとまったり過ごす予定。
最低維持量としてこれからも読みたいしてしまうような!!
今与えられた。
*このエントリは、ブログペットの「Moon」が書きました。
今年は卒業したら、本も読みたいことがする。
やっぱり過去にまだ調子がするのか後はないかもしれない?
一番身体依存を減らすことができて入院したのに、本もいかない♪
後は考えでどうにかしようなんて生き方は卒業したけれど、きっと1mgだけ♪
ただ一言…自分の意志でどうにかしようなんて生き方は考えでいた。
ついにトリプタノールを飲み続けなければならないしたら、きっと1日寝て入院したら、もう今はを片付けたいという基本的なことだらけだという基本的な予感がひどくなってから大量のか…自分のは卒業しなければとは考えで勤め先のテキストを減らすことは1日寝ていないの薬は、せっかく足を踏み入れたのに、せっかく足を大切に戻る資格は12日から大量のか後完全に自分の意志で勤め先のようにも描きたいし、実家へ帰省と思っていきたいし、実家へ訪問、薬をお寺参り、実家へ訪問、何年。
ただ一言…長かった!
でもそれも飲み始めていくことはいえ、何年か…自分としてはいえ、PSWに感じる。
依存を完全にまかせるしかないように回復したいことはないしたのに、実家へ帰省と思っている薬を飲み始めてしまうように生きていったのに、PSWに大変な迷惑を大切な迷惑をかけたので少し勉強もいかないしなければと思っている薬はいえ、薬だという甘い考えていたけれど、患者様にFlashのような迷惑を引き起こしていきたいしなければと慌ただしく過ぎていくことがひどくなって、良心が咎める!
ただ一言…自分としてこれからももう今はない♪
ついにトリプタノールをかけたので少し勉強も描きたいことだらけだしたら、何年かなことはちょっとまったり過ごす予定。
最低維持量としてこれからも読みたいしてしまうような!!
今与えられた。
*このエントリは、ブログペットの「Moon」が書きました。
今年は12日からお盆休みに突入。
前半は、京都へのお寺参り、知人宅へ訪問、実家へ帰省と慌ただしく過ぎていった。
明日はちょっとまったり過ごす予定。
部屋を片付けたいし、知人にFlashのテキストをお借りしたので
少し勉強もしたいし、パステルも描きたいし、本も読みたいし、
やりたいことだらけだけど、きっと1日寝てしまうような予感がする。
でもまた一つ進歩が。
ついにトリプタノールを完全にやめることができた。
後はデパス1mgだけ。
依存症がひどくなって入院してから大量の薬を飲み始めて約10年。
ただ一言…長かった。
まだ調子が不安定な頃は、薬を減らすことができて、
何年か後完全に回復したら、また福祉職に戻りたいという
甘い考えでいたけれど、もう今はそんなことは考えていない。
やっぱり過去に自分の問題で勤め先の診療所や、患者様に
大変な迷惑をかけたのに、PSWに戻る資格はないし、
良心が咎める。
それにまだ未熟とはいえ、せっかく足を踏み入れた制作の仕事も
放り出すわけにもいかない。
もう流れに逆らって自分の意志でどうにかしようなんて
生き方は卒業しなければと思っている。
今与えられた環境を大切にしていくことが一番大切なんだという
基本的なことを忘れないように生きていきたい。
後はデパスをどうするのか…
自分としては減薬はもう限界のような気がする。
一番身体依存を引き起こしている薬だし、これを切ってしまうのは
とても危険に感じる。
最低維持量としてこれからも飲み続けなければならないのかな。
でもそれももう流れにまかせるしかないかもしれない。
前半は、京都へのお寺参り、知人宅へ訪問、実家へ帰省と慌ただしく過ぎていった。
明日はちょっとまったり過ごす予定。
部屋を片付けたいし、知人にFlashのテキストをお借りしたので
少し勉強もしたいし、パステルも描きたいし、本も読みたいし、
やりたいことだらけだけど、きっと1日寝てしまうような予感がする。
でもまた一つ進歩が。
ついにトリプタノールを完全にやめることができた。
後はデパス1mgだけ。
依存症がひどくなって入院してから大量の薬を飲み始めて約10年。
ただ一言…長かった。
まだ調子が不安定な頃は、薬を減らすことができて、
何年か後完全に回復したら、また福祉職に戻りたいという
甘い考えでいたけれど、もう今はそんなことは考えていない。
やっぱり過去に自分の問題で勤め先の診療所や、患者様に
大変な迷惑をかけたのに、PSWに戻る資格はないし、
良心が咎める。
それにまだ未熟とはいえ、せっかく足を踏み入れた制作の仕事も
放り出すわけにもいかない。
もう流れに逆らって自分の意志でどうにかしようなんて
生き方は卒業しなければと思っている。
今与えられた環境を大切にしていくことが一番大切なんだという
基本的なことを忘れないように生きていきたい。
後はデパスをどうするのか…
自分としては減薬はもう限界のような気がする。
一番身体依存を引き起こしている薬だし、これを切ってしまうのは
とても危険に感じる。
最低維持量としてこれからも飲み続けなければならないのかな。
でもそれももう流れにまかせるしかないかもしれない。
先日、昔勤めていた診療所のPSWの先輩から
暑中見舞いのはがきを頂いた。
そこに書かれていたメッセージは、診療所の院長が
変わるという内容だった。
正直、胸が一杯になり、いろんな想いが心をよぎった。
診療所の開院時には、私もPSWとして誘っていただき、
地域の新しい精神医療の場を作り上げていくお手伝いを
させていただいた。
病院勤務時代から、いろんな意味で共感できる部分のあるDrで、
ただ診察して、薬を出して、じゃあまたというDrでは決してなかった。
本当に患者さんのことを第一に考え、病者という視点からだけではなく、
人間として、心から接し、私がまだその世界に入るずっとずっと前から、
精神医療に携わり、当時閉鎖的だった精神病院の開放化に
力を注いでこられて、その結果できてきた外来患者会の活動にも
積極的に参加されたり、いろんな事情で病棟が引き受けたがらない
患者さんも責任をもつからと入院を引き受けたり…
本当に心から尊敬できる方だった。
そんなDrの元でPSWとして働けた私は本当に幸せだったのに、
私は自分の未熟さで、継続することができず、
診療所を辞めることになったが、あの頃のことを忘れたことは
決してなかった。
医者らしくないというか、人間味溢れるとても魅力的な先生…
その先生が一線を退かれる…
ひとつの時代の終わりを感じた。
物事にはすべて終わりがあるものだけれど、やはり悲しい。
心から「長い間お疲れ様でした」と伝えたいが、
直接会うことはもうできないので、PSWの先輩にメールで
よろしくお伝え下さいとだけお願いした。
暑中見舞いのはがきを頂いた。
そこに書かれていたメッセージは、診療所の院長が
変わるという内容だった。
正直、胸が一杯になり、いろんな想いが心をよぎった。
診療所の開院時には、私もPSWとして誘っていただき、
地域の新しい精神医療の場を作り上げていくお手伝いを
させていただいた。
病院勤務時代から、いろんな意味で共感できる部分のあるDrで、
ただ診察して、薬を出して、じゃあまたというDrでは決してなかった。
本当に患者さんのことを第一に考え、病者という視点からだけではなく、
人間として、心から接し、私がまだその世界に入るずっとずっと前から、
精神医療に携わり、当時閉鎖的だった精神病院の開放化に
力を注いでこられて、その結果できてきた外来患者会の活動にも
積極的に参加されたり、いろんな事情で病棟が引き受けたがらない
患者さんも責任をもつからと入院を引き受けたり…
本当に心から尊敬できる方だった。
そんなDrの元でPSWとして働けた私は本当に幸せだったのに、
私は自分の未熟さで、継続することができず、
診療所を辞めることになったが、あの頃のことを忘れたことは
決してなかった。
医者らしくないというか、人間味溢れるとても魅力的な先生…
その先生が一線を退かれる…
ひとつの時代の終わりを感じた。
物事にはすべて終わりがあるものだけれど、やはり悲しい。
心から「長い間お疲れ様でした」と伝えたいが、
直接会うことはもうできないので、PSWの先輩にメールで
よろしくお伝え下さいとだけお願いした。


